なぜ、話しても伝わらないのか?
- 正しいことを言っているのに、相手が聞いてくれない
- アドバイスをしたのに、逆に嫌がられた
- 良い提案をしたのに、採用されなかった
実は、「正しいこと」を言うだけでは、人は動かないのでござる。
では、どうすれば相手の心に届く話し方ができるのか?
その答えは、約340年前の忍術書『正忍記』に記されておりまする。
江戸時代の忍術書『正忍記』とは?
『正忍記』は、延宝9年(1681年)に名取正澄(なとりまさずみ)によって著された忍術書でござる。
- 全3巻構成:初巻(忍者の技術)、中巻(対人術・心理)、下巻(心得・奥義)
- 名取流(新楠流)の忍術を体系化したもの
- 現在の保存:国立国会図書館がデジタル公開中
📖 『正忍記』原本を見る(国立国会図書館デジタルコレクション)
この忍術書には、忍者がいかにして相手の心に入り込み、情報を聞き出すかという対話術が詳しく記されておるのでござる。
『正忍記』中巻「人に理を尽くさする習いの事」
『正忍記』の中巻には、「人に理を尽くさする習いの事」という章があり申す。
ここには、相手の心を開かせ、秘密にしている情報を引き出す対話術が記されておりまする。
📜 古文書からの引用①:基本原則
【原文】
人に理を尽くさする習いの事。是は人を賢くして、己はうつけとなるの理をいえり。仮初めにももうすまじきは、己が利口と申し伝え侍るなり。【現代語訳】
人に理を尽くさせるということは、人を持ち上げて、自分は愚かな者となる道理のことを言う。決してしてはならないのは、自分が利口であると思わせる行動をとることである。【出典】 『正忍記』中巻(国立国会図書館デジタルコレクション)
つまり、自分を賢く見せず、相手を賢く見せることが重要だということでござるな。
📜 古文書からの引用②:具体的な手法
【原文】
人に理を尽くさせると云は、自分はまぬけで物の道理をもわきまえない様子で、人に理のあることを言わせて、なるほど道理ですねと感心してみせれば、相手は必ず先にいい気分になって、自慢をするようになるものである。その時に相手が秘密にしていることの兆しが注意して見れば見つかるものである。【現代語訳】
自分はまぬけで物の道理もわきまえないふりをして、相手に理のあることを言わせ、「なるほど、道理ですね」と感心してみせれば、相手は必ずいい気分になって自慢をするようになる。その時に、相手が秘密にしていることの兆しが注意して見れば見つかるのである。【出典】 『正忍記』中巻(三重大学人文学部 山田雄司教授 現代語訳)
相手をいい気分にさせることで、相手が自ら情報を語り出すのでござる。
📜 古文書からの引用③:忍者の心構え
【原文】
能く忍びえたるものは、見分けは随分うつけたる躰なりと云。ただ、人に車をかけると云て、よくのせて、何事に寄らず常にたかぶらせ置く事、法なり。いとかしこきおしえなりと心得べき事なり。【現代語訳】
忍びの上手たる者は、一見ずいぶん間抜けなように見える。ただ「人に車をかける」という言葉があるように、よく乗せて、何事でも常に自慢させておくことがうまいやり方である。とてもありがたい教えだと心得ておくべきである。【出典】 『正忍記』中巻
「うつけ」に見えることは、実は高度な技術なのでござるな。
なぜ『正忍記』の対話術が効くのか?
『正忍記』の対話術が現代でも効果的な理由は、心理学的にも理にかなっておるからでござる。
理由1:承認欲求を満たす
人は誰しも「認められたい」「尊重されたい」という欲求を持っておりまする。
『正忍記』の対話術は、相手を「賢い人」として扱い、相手の意見を「なるほど」と受け入れることで、この承認欲求を満たすのでござる。
- 相手を「賢い人」として扱う
- 相手の意見を「なるほど」と受け入れる
- 相手を会話の主役にする
これにより、相手は心を開き、自ら情報を語り出すのでござる。
理由2:戦略的な主導権を握る
一見、「己はうつけとなる」は相手に主導権を渡すように見えるかもしれませぬ。
しかし実際には、相手をコントロールするための戦略的な主導権を握っておるのでござる。
相手が気持ちよく話すうちに、秘密にしていることの兆しが見えてくる。そこを逃さず質問していけば、相手は逃れられなくなるのでござる。
これは、現代の心理学で言うところの「傾聴力(アクティブリスニング)」にも通じる技術でござる。
「うつけになる」は演技ではない
ここで重要なことを申し上げるでござる。
誤解してはならぬのは、『正忍記』は「演技で愚かなふりをしろ」と言っているわけではござらぬ。
古文書には「内にたくわえておけば自分が賢いということを外に示したいときに、いつ何時でも自由に出すことができる」とある。
つまり、本当に知識を持っている人が、それをひけらかさないことが重要なのでござる。知識があるからこそ、あえて「教えてください」という姿勢を取れる。これこそが真の忍者の強さでござるな。
まとめ:人に好かれる話し方の本質
『正忍記』が教える対話術の本質は、以下の3つでござる。
- 相手を主役にする(人を賢くする)
- 自分の賢さをひけらかさない(己はうつけとなる)
- 知識は内に蓄える(必要な時に出せばよい)
これは、340年前の忍者たちが実践していた、人の心を動かす技術なのでござる。
現代を生きる我々にとっても、相手の心に届く話し方の本質は変わらないのでござるな。
📖 参考文献
- 『正忍記』名取正澄著(1681年) 国立国会図書館デジタルコレクション
- 『万川集海』藤林保武著(1676年)
- 三重大学 人文学部 山田雄司教授「忍者の聖地 伊賀 第13回 対話術」

